これまでのコラムで、税務調査に個人的なノルマは存在せず、税務職員の人事制度もそれを裏付ける仕組みになっていることをお伝えしてきました。
それでも、「いや、でもノルマがあると聞いたことがある」と感じる方は少なくないはずです。それも、国税OB(元国税局・税務署の職員)の方から直接聞いた、という場合もあるかもしれません。
では、なぜこれほどまでに「ノルマ説」は根強く語り継がれているのでしょうか。今回は、その”幻”が生まれた背景を掘り下げてみたいと思います。
人間味あふれる3つの”思い込み”
国税OBの方が「ノルマがあった」と語るとき、その言葉は必ずしも事実と異なる”嘘”ではないのかもしれません。むしろ、その方が現役時代に感じた体験や感覚が、ある種のフィルターを通して記憶され、言葉になったものではないか——私はそのように考えています。
以下、3つの視点からその背景を整理します。
理由1|「目標」と「ノルマ」の混同
まず考えられるのが、組織としての「目標値」を、個人に課せられた「ノルマ」と受け止めてしまうケースです。
国税庁や各国税局が、組織運営の参考として現場に示す「目標値」は存在します。しかしそれは、あくまでも組織全体の活動方針を示すものであり、「達成できなければ給与が下がる」「未達成なら処罰される」という性質のものではありません。
それでも、真面目に職務に向き合ってきた職員ほど、その目標値を自分自身へのプレッシャーとして受け止め、事実上の「ノルマ」として感じていた可能性はあります。その思い込みを抱いたまま退職され、ご自身の経験として語られることで、話が少しずつ広がっていったのかもしれません。
語っている本人に悪意はなく、ご自身の経験に忠実であるがゆえに——という点が、この話の広まりを難しくしている部分でもあります。
理由2|古き良き時代の”精神論”の名残
次に考えられるのが、特定の時代の職場文化が、記憶の中で”ノルマ”という形に変換されているケースです。
かつての「体育会系」とも言える職場環境の中で、先輩職員の「俺の時代はこれだけやったぞ」という武勇伝を聞いて育った世代がいます。その中で自然と刷り込まれた「これくらいはやらなければ」という無言のプレッシャーが、退職後も記憶に残り、”ノルマ”という言葉で語られているのではないでしょうか。
これは制度として存在するノルマではなく、職場の空気や人間関係の中で生まれた、いわば”文化的なプレッシャー”です。しかし受け取る側には、制度上のルールと感覚的な重圧の区別が、必ずしも明確ではなかったかもしれません。
時代の変化とともに、職場文化そのものは変わっていきます。しかし、そこで体感したことは、個人の記憶の中で長く生き続けます。「ノルマ説」の一部は、こうした時代の記憶が形を変えたものである可能性があります。
理由3|処遇に対する”心の整理”
3つ目は、少しデリケートな話になりますが、キャリアや評価への「満たされなさ」が、記憶の中で”ノルマ”という言葉に投影されているケースです。
これは国税職員に限らず、多くの方に共通する感覚かもしれませんが、自身のキャリアや評価に100%満足している方は少ないでしょう。その満たされない思いの原因を、自分以外の何か——たとえば「厳しいノルマ」という分かりやすい言葉に求めることで、心のバランスを取っていた…という側面もあるのかもしれません。
実際、国税局や税務署の幹部職員を見ても、必ずしも税務調査が得意な方ばかりとは限りません。調査以外の能力や、組織運営への貢献が評価された結果として、要職に就いている方も多くいます。そうした現実の中で、「あれだけ成果を上げたのに」という気持ちが、振り返ったときの記憶を少しだけ色づかせていたとしても、それは人間として自然なことかもしれません。
まとめ
「ノルマがある」という話を語る方の多くは、嘘をついているわけでも、誰かを惑わそうとしているわけでもありません。ただ、国税という巨大な組織の中での経験が、「目標値との混同」「職場文化へのプレッシャー」「処遇への思い」という3つのフィルターを通じて、”ノルマ”という言葉に変換されてきた——そう考えると、この話が消えない理由も、少しだけ腑に落ちるのではないでしょうか。
国税OBの方々の経験から生まれた「幻」が、語り継がれるうちに、いつしか世間の”常識”のようになってしまった。それが、このウワサの正体ではないかと、私は考えています。
税務調査は、ノルマを持つ相手との駆け引きではなく、事実と法律に基づいた対話のプロセスです。この理解が、正しい準備と冷静な対応への第一歩になります。
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